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ぷるたまやっこ。 puruyakko.exblog.jp

フレブルぷるぷる丸♂+ひややっこ♀+ぱぴ♀+人間たまこの・・・まったり日記


by purutamayakko
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<   2019年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

いろいろと、整理。


ぱぴさんが居ない生活、まだ3日目。
なのにもう、色々と整理し始めています。

つらいんです。
生活の中には、ぱぴがたくさん居るから。

朝夕のお薬タイムも、
時間をかけたご飯タイムも。

キッチンにいると、
いつでもぱぴのサークルが見える。
(発病後、常に見えるようにそこに配置していました)
うっかり忘れないように、
目立つところに置いていたお薬セット。

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万が一忘れてもすぐ気が付けるように
一週間分のお薬を入れておける、ケース。
液体のお薬を飲ませるシリンジ。

注射薬は経口投与が出来なくなって、
急遽出してもらった。
亡くなる日の午前中。
だから結果的には一本しか使っていない。

ペースト状にしたフードを食べさせる為の注入器。
ニュートリカルの2本目は、
届いてすぐに逝ってしまったからほぼ未使用。

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書類系も片付けた。
血液検査の結果や、病理検査の報告書。
領収書の束、記録用ノート2冊。
整理整頓が大の苦手な私が、一気にやり遂げた。

保健所に死亡届の電話までした。

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最後に使っていたサークル。
これだけは、なぜか片付けられなくて、
もうしばらく置いておくことにした。
寝たきりになってからは、
二面のロング座布団を取っ払い
あえて残した二面は裏返しにして使用。
激しかった旋回時の血の跡がすごかったから。

たまに、この周りをウロウロして匂い嗅ぎするやっこ。

発病してから、大量に使った毛布やバスタオル。
洗濯出来ないものはその都度処分していたから
そこまで残っていなかった。

花の保育園時代のプール用バスタオル。
ピンクのマイメロちゃん。
ぱぴが掛布団として最後に使ったもの。
これだけ洗濯しないでおいた。
唯一のぱぴ臭。


9年間も一緒に居たのに、
今はまだ思い出せるのが闘病中のぱぴだけ。
特に最期の1日の記憶や感情が強すぎて、
平穏だった頃の、のほほんぱぴちゃんを
思い出せるようになるには、まだ時間がかかりそう。

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お世話になった動物病院から供花が届きました。
先生、スタッフのみなさん、ありがとうございました。

今回、勝手ながら、親しくして頂いたブッヒーズの方々には
お花などの供物は遠慮させて下さい、と
旅立ったお知らせと共にお願いしていました。
代わりに火葬の時間帯、
空を見上げて見送って頂けたら嬉しいです、と。
秋田ブッヒーズのみなさん、ありがとうございました。

お骨の下には以前ブヒ友さんから頂いた、
可愛いフレブル柄のハンカチを敷かせて頂きました。

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火葬の時に遺影として飾った写真。
火葬に立ち会ってくれたお友達に、
いつ撮った写真?と聞かれて、最近、と答えたけれど。
さっき確認したら去年の大晦日でした。

私の記憶なんて、いい加減なもんだ。

このソファの一角がお気に入りだった。
通称、アゴ乗せぱぴさん。

こうやって、ブログに綴っていると、
少しずつ気持ちも整理できるかな、と。
前向き風なこと言ってますが、
かなりのぱぴロスです。

ぷるもやっこも、もちろん可愛いし大好きだし、大切だけど。
ぱぴ は ぱぴで、ぱぴ は ぱぴだけなんです。
わけわからん事言ってしまうくらい、
ぱぴロスです。



by purutamayakko | 2019-05-28 17:08 | たまこ日記。 | Comments(0)

またね、ぱぴ。

昨日23:45に、ぱぴが旅立ちました。
状態悪化のスピードが早すぎて、
記録として書き留めていた記事を更新する暇も無く
逝ってしまいました。

朝から発作を起こし、1日横たわったままでした。
亡くなる前の5時間は苦しみ続け、それでもがんばっていました。
23:30にダイパパが帰宅。最期の数分間は荒い呼吸もおさまり、
静かに大きく息をして逝きました。
帰ってくるのを待っていたかのように。
おかげで夫婦二人で見送る事が出来ました。

まったく後悔がないと言ったらウソになるかもしれませんが、
自分たちがその都度悩んで、その都度決めてきたことに対しては
これでよかったんだ、と思えています。

早いお別れになってしまいましたが、今日、火葬を済ませ、
無事に虹の橋へ向かっていったと思います。
先に旅立ったブッヒーズのお友達みんなが、お出迎えしてくれてると、
言葉をもらった時、何だかホッとして笑顔になれました。

いっぱい泣いたけれど、いっぱい思いを伝えて見送れました。
失った悲しみが想像以上に大き過ぎて、
時間薬がまだまだ必要とは思いますが、前を向いていきます。

全うしたね、ぱぴ。 偉かったね、がんばったね。

大好きだよ、ぱぴ。
またね。




旅立つ前日の朝、撮った一枚。
病気になる前の姿のように良く写っていて、
お気に入りの写真です。
発作の合間にスヤスヤ眠るぱぴさん。
飼い主ばかですが、可愛くて可愛くて 笑
めんちょこちゃん。

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by purutamayakko | 2019-05-26 23:04 | ぱぴ、闘病記録。 | Comments(2)

最近のぱぴ。

はじめに、前置きさせて下さい。

淡々と闘病記録を書こうとしたのですが、

感情ダダ漏れの文章になってしまいました。

今日の内容は気持ちを暗くしてしまうかもしれません。


そして、長〜くなってしまった




前々回、420日にブログを書いてから

どんどん状態が悪化してきてしまいました。


去年3月末の発作発症以降、外出は通院のみ。

通院後には高い頻度で発作を起こしたぱぴ。

先生からも通院は避けた方がとお話があり

外的刺激を出来るだけ避け、興奮させないようにと過ごしてきた。

今は診察も受けられないので、定期的に動画を見てもらったり

様子をメモしたものを元に状態を診てもらっています。

そんな形で薬(ステロイド)の量も調節して乗り切ってきました。

(抗てんかん薬の量は、約半年かけて今の量に落ち着いています。)


せめて、庭のドッグランぐらい、と

よっぽど具合が悪くない限りは放牧。

猛ダッシュしたり、ぷると激しめに遊んだり、

散歩は行けないけど、外の空気を感じて楽しそうに見えた。


以前から緩やかに進んでいたような印象の右半身の麻痺。

一気に進んでいきました。


発作再開の今年46日からは

ドッグランどころかリビングも歩けず(4月中旬までは徘徊。その後は旋回行動)。

4月末には、1日のほとんどを180cm四方の空間で旋回するだけに。

旋回していない時は、腰を持ってサポートしてあげれば立ち上がれる。

でもただ立っている事は無理で、ヨタヨタと歩き始めそして、また旋回。

起きている時は左回りに旋回。たまーに右回り、でもすぐに転ぶ。

派手に転んだり疲れきったりするまでは回り続けるから、

ようやく眠るとホッとしていた。

旋回中は意識もはっきりとせず目線もなかなか合わず。

でも旋回が終われば、目も合うし、呼びかけにも反応。



520日の今は、もう起き上がるのも難しくなった。

腰を持ち上げてサポートしても、立てない。

だから、まともに旋回もしない、というかできない。

でも、脳の中の憎っくきやつは、それでもぱぴを動かそうとする。

力の入らなくなった後脚で、残っている力をふりしぼって

腰を軸に旋回しようとする。

立とう、回ろうとして床を蹴ろうとする。でも滑って、の繰り返しで

後脚や下腹部まわりは擦れて小さな傷がたくさんできた。


近づいて名前を呼ぶと左目だけ動かして

少しこっちの方を見る時もあるけれど、

耳で音が聴こえて気付く、というより、

近づいた時の光や影などで感じているような様子。




2週間前。動画を見た先生が言った。

視覚障害も出ている。右目は全く見えていない。

視界が狭いというより、ぱぴには右側の存在自体無い、らしい。

当然右前脚も、右後脚も全部の感覚がない。

後脚はかろうじて少し力が残っているようだと言っていた。


前傾姿勢で後頭部や右目辺りを擦って旋回するから、

右目付近は摩擦で度々切れて出血していた。

部分的に毛も薄くなってなんだか顔がゴツゴツに。



『ケージ・サークルについてのメモ』


①初めての発作以降。

90cm×60cmのケージ使用。

四面を毛布やタオルケットで覆う。

(この時は全身けいれん発作時の怪我防止という目的)


②徘徊が始まってすぐ。

夜のみリビング。動かせるものは壁際に寄せて

動かせない家具には緩衝材をつけ寝床を用意してフリー状態に。

(夜間、うんぴをしてケージ内でまみれている事が続いたため)

留守中は①のケージ内。

(まみれるのは、覚悟の上。)


③徘徊から旋回へ。

旋回行動が増え、怪我防止のため円形のソフトサークル使用。

側面がメッシュタイプで通気性も良さそうだし、と

使用して1日で右目付近出血。

ぱぴにとってはメッシュ部分が硬かった

ビニール製やナイロンは摩擦熱がすごいことも、

自分の手の甲を使って実験してわかった。


④旋回が激しくなる。

ロング座布団を四面に張り巡らせた、自作のサークルを使用。

クッション性もあるし、素材もクールタイプ。

悩みに悩んで行き着いた先は布。

でもずっと擦れていれば、どんな素材であっても摩擦で傷は治らず。

寝ている隙に12回軟膏を塗って何とか悪化を防いでいた。

今もこのサークルを使ってます。180cm×180cmのサイズで作ったので、

私も一緒に入ってお世話できるので便利です。



それでも唯一の救いだったのが、食欲があって食べられていた事。

口元の麻痺と右側の視覚障害の為に自分で食べるのは無理なので

見えている左方向からご飯を見せて認識させ、

口元までご飯を運び、直接手で口に入れて食べさせていた。

うまく入れ込んであげないとボロボロこぼし、食べられないのでコツが必要。

視界から外れると、ご飯の存在すら分からなくなるよう。

嗅覚も鈍くなり、見えているはずの左目も怪しくなって、

近くに近付けてやっと気がつく感じ。



昨日からついにほとんど食べられなくなった。

舌をうまく使えない?のか、口元から押し込んでも食べ物が入っていかない。

口を数回動かすけれど、すぐに出てきてしまう。

ここ1カ月食べていた、大好きなささみにも反応しなくなった。

食べようとする気力、がない感じ。

水も今までは小皿やスプーンから、なめて飲めていたのが

それも口に入っていかなくなった。

シリンジを使って飲ませている。

ご飯もそろそろシリンジを使って食べさせる、に切り替えなければダメかな。

強制給餌、以前から色々調べていたけれど

お友達から頂いた栄養補助のニュートリカルだけは、

何とか舐めてくれている。ありがたい。


薬入りのチーズだけは何としてでもと、ぐっと押し込んで飲ませている。

液体のてんかんの薬は、元々シリンジで飲ませていたので

これも何とかこぼさないように慎重に口内に入れる。

麻痺していて食べ物を噛むこともできなくなっているのに、

なぜか投薬時の噛む力だけは残っている。気を付けないと私も痛い。

でもこの2種類だけは絶対に飲ませないと、即発作が起こるから。

ごめん、がんばろう。



『発作についてのメモ』


以前のような全身けいれんではなく、

緊張型の発作(先生が説明してくれたけど、難しい用語だらけで記憶が)

が今はメイン。

全身発作の方が重い発作、とずっと間違って認識してた。

今の発作の方がより重い発作と先生に説明された。

進行しているんだ、と実感。

今の発作は上に首から顔がグーーッと反る感じ。

すごく強い力で、抱きしめて落ち着かせることもとても無理。

(普段はもう声を出さないぱぴが、動けないように抱き止めると

きゅうううってつらそうに鳴きます。)

諦めて離すとそのまま猛烈に回り出す。

本当にやるせない気持ちになる。



あとは、隅っこに頭を押し付けて前へ前へと進もうとする症状。

背毛立てながら身体中に力を入れる。

後脚も踏ん張り切れず滑っていくほどの激しい力で。

敷いてある厚手のペットシーツも破けるくらい。

これも脳の損傷による行動らしい。


それらが、おさまる瞬間、今度は嘘のように全身の力が抜ける。

先生いわくそれが脱力?虚脱?症状という状態らしい。

(すみません、これも正確な名称が記憶出来ず汗)

そしてそのままうつ伏せで、脚があっちこち変な方向に向いた寝姿で眠り続ける。

今までリラックスして寝てた時の「ゴロンと横向き」には寝ない。



4/25以降、声を聞いていない、全く吠えない。

たまに苦しそうにきゅううううって鳴くくらい。

今思えばうるさいくらいギャンギャンいってた時

(1ヶ月前までは脳障害の影響か行動が荒ぶってました。)

うるさいよ〜〜いい加減に勘弁して〜〜〜涙

なんて思ってた自分に腹がたつ。


ピンポンが鳴ろうが、来客があろうが、大きな物音にも、

ぷるとやっこのうるさい喧嘩の吠える声にも、

それを止める私の大声にも、

なんにも反応しない。


掃除機の音、去年発作を起こすまでは、

ノーリアクションだったぱぴですが、

発作発症以降は、

ぎゃうぎゃう吠えて掃除機ヘッドと本気で闘うようになっていました。

それにも、今はまったく反応無し。

どこかの世界にいってまどろんでます。


目の前で私がポテチ食べようが、

パパがアイス食べようが、

反応しない、ぱぴ。

こうなってみて思うのは、

ぱぴがぱぴでなくなっていく事。

ぱぴの脳から私たちが消えていく事。

うまく言葉に出来ないけれど、もしかしたら

今一番それがしんどいのかもしれない。


朝起きたらうんぴにまみれてるぱぴを洗うことも、

仕事からの帰宅時オシッコ溜まりの上で動けなくなってるぱぴを見ることも、

顔を血まみれにしながら旋回しているぱぴを発見することも、

どれもこれも胸が締め付けられたけれど。

今は、ぱぴがぱぴでなくなっていく事。の方がつらい。


でも、一生懸命話しかけてます。

たとえ反応しなくても。



動けなくなる前のこと。

パパが綺麗に草取りしてくれたので、

久しぶりにドッグランに抱っこして連れて行きました。

常にどこかにある傷口に、ばい菌が入らないように気をつけつつ、

そっと芝の上に降ろした。

ちょっとは外の空気を感じてくれてるかなぁと。

芝生の上でくるくると、ただ旋回するぱぴを眺めながら、

そうぼんやりと思った。


昨日も今日も、呼吸が苦しいのか、荒い呼吸で這いずり回って、

それが1時間強つづく。

暑いのかも、とエアコンの調整をしたり、保冷剤を当ててみたり、

でもどれも楽にはならないらしく。

やっと落ち着いたかな?と思うと、そのままぱたっと眠りにつく。

そうすると何時間も眠り続ける。

シーツ交換のため抱き上げて移動させても起きないくらい深い眠り。

これを23回繰り返して1日が終わる感じです。

薬やご飯のタイミングが難しい。



闘病記録を残しておきたくて、ずっと書き留めていたけれど、

どんどんと状況が変わっていくのでブログの更新が追いつけない感じでした。

時系列が読みにくいところが多々あってすみません。




先日、また旅立ってしまった、仲間がいます。

最期まで頼れるお兄ちゃんだったね、フラさん。

家族に囲まれて幸せな生涯だったのではと思います。

そして秋田ブッヒーズ皆んなに笑顔と癒しをくれた、フラさんに、

心から、ありがとう。








by purutamayakko | 2019-05-20 21:31 | ぱぴ、闘病記録。 | Comments(0)